憧れ。


by w-rainbow-rieko
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おばあちゃん                     



幸せだったそうです。

なんかそれだけでもうホロホロになりました。


先月おばあちゃんが亡くなってから叔父さん叔母さんが
おばあちゃんちの片付けをしていたら
なんと、タンスの奥の方から、お数珠入れの布袋に入れられた遺言書が出てきたらしく

18日の土曜日に忌明けの35日法要があり、
そのときに親戚みんなでその遺言書を読みました。


それはまだまだおばあちゃんが元気いっぱいだった
今から9年前の2月に書かれたもので
とてもキレイでしっかりした字でしたためられていました。


普通の縦書き用のシンプルな便箋1枚にはこんなことが書いてありました。(省略・簡略しています)



皆々様には、お礼と願いの気持ちでいっぱいです。

わたしは皆さんのお陰でとてもとても幸せでした。

どうもありがとう。

これからも皆さんの健康と幸せを心からお祈りしています。

本当にどうもありがとう。




これを書いたとされる9年前なんてね、
おばあちゃん まだまだホントに めちゃくちゃ元気だったんだよ。

どこへだってひとりで歩いて行ってたし
笑ってしゃべって怒って心配して、 そしてまた笑ってしゃべって

みんなが集まるお盆とお正月には、前日前々日から、大量の手料理をめいっぱいつくってくれて
みんなはそれを楽しみに、そしておばあちゃんの元気な姿を見に、いつも集まってた。
おばあちゃんがつくるお料理は本当にどれもこれもとても美味しくて、
でも、とても食べきれる量じゃないからいつもお土産にって持ち帰り用に詰め直してくれて
わたしたちは次の日もその次の日も
「美味しいね、やっぱりおばあちゃんの味は美味しいね」って言いながら
有難くいただいていた。


お母さんの料理ももちろん美味しいんだけど
おばあちゃんの味っていうのはお母さんにはない味で
やっぱり『おばあちゃんの味』なんだよなって密かに思っていて

お母さんが同じようにつくってもおばあちゃんの味には敵わなくて
(料理できないわたしが何えらそうに言ってんだよ!って感じですが 笑)
それはきっとおばあちゃんが築いてきた『歴史』なんだろうなって
何となくなんだけどそんなことをふと思ったりするわけで。

でも、お料理上手のおばあちゃんに育てられたお母さんたち姉妹と
おばあちゃんとずっと一緒に住んでいた叔父さんの奥さんは
みーんなお料理上手で本当にわたしの自慢の母であり、そして自慢の叔母さんたちなんです。

おばあちゃんの孫の中で女の子はわたしともうひとり同じ年のイトコがいるだけで
たったふたりだけだから、女として生まれてきたからには、
この味ここで途絶えさせちゃいけないよな、と、最近すごく思うようになって
だから料理も少しずつ覚えていこうと これはホンマに真剣に考えてます。
折角料理上手なおばあちゃんを祖母に、そしてお母さんを母に持ったんだし、
女三代の味として受け継いでいかねば!って。

それに、何だってどんなことだって、「できない」より、「できる」方がいいに決まってるし、ね。



話が飛び飛びになってしまうけど
本当のところ、実はひとつ後悔してることがあって。
これはお母さんにも話してないけど
っていうか
今言うと絶対大泣きしてしまうから言えないだけなんだけど、
でも、
そのときが来たらちゃんと話そうと思ってます。


それは、おばあちゃんお母さんわたし、で旅行に行っておけば良かったなってこと。

旅行じゃなくたってもっとお出かけをしておけば良かったなってホンマに思う。

もっともっと聞いておきたかったこと聞いておくべきだったことが
たくさんたくさんあったと思う。

お母さんの小さい頃の話やおばあちゃんの若い頃の話、それからおじいちゃんとのことも。

そういうのが、全然できなかった。
違う、「しよう」としてなかったんだ。

いつでもできること だなんて  きっとそう思ってたんだ、わたし。

いつまでも変わることなく おばあちゃんはおばあちゃんちに行けばすぐ会えるものだと
こんな年になってまでも、バカみたいにそう思ってた。
ホント馬鹿だ。

時間なんて命なんて永遠にあるわけないのに。
それはおばあちゃんにだけ言えることじゃなくてわたしにだってそうなのに。
当たり前のことなのに当たり前だと思えなかった。
おばあちゃんが亡くなるなんて、そんなこと、どこか違う世界の話だときっと思っていたんだ。

寝たきりになっても、きっと絶対また元気になってお話ができるようになるって
信じてた。
そんな風に思ってたのなんて、きっとわたしだけだったんだろうけど・・・
やっぱり少し現実と遠いところで生きてるのかもしれないな わたしは。
受け入れる受け入れられないということではなくて
理想像と想像の世界だけで物事を捉えてるのかも
そんな言い訳がましい自己分析したところで 
たくさんあったはずの時間もおばあちゃんの命も還ってくるわけないんだけど・・・


だから
バカで幼稚な考えのわたしを恥じて責めてる。 今。

おばあちゃん、ごめん って思ってる。
お母さんにも、ごめん って思ってる。


今になって後悔したって もうどうしようもないよね。

小さい頃からずっと言われてきてたのに、ごめんね、お母さん。

「何でも先にやっておきなさい」って、ずっとそう言われてきたのにね、ごめんね。

『ちゃんと』教え、育ててもらってきたのに
それに応えることができないままきちゃって
本当にごめんなさい。


でも、もうこれ以上何ひとつ後悔したくないから
だから
『ちゃんと』やってくよ。


もう少し待っててね、わたしがおばあちゃんにしてあげられなかったこと
女三代での旅行やお出かけ、楽しいおしゃべり、etc...

お母さんにはしてあげられるように、するから。

もうちょっと 待っててね。



おばあちゃんにホンマに感謝です。
わたし、変われると思うよ。
ううん、もう変わっていってるよ。

ホンマにありがとう。


おばあちゃんが幸せでいてくれて良かったです。

わたしたちもずっとずっと幸せに生きていくから
心配しないでね


おばあちゃんがわたしのおばあちゃんで居てくれて とても、嬉しいです。
それはこれからも変わらない永遠の真実。
  


おばあちゃん、今日も空、気持ちよく晴れてるよ。

空の上も快晴だね、きっと。
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by w-rainbow-rieko | 2008-10-20 11:34 | 心に響いたこと