憧れ。


by w-rainbow-rieko
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本日焼き上がった『桜マグ』

とてもかわいく仕上がって大満足!


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そして、今日、知った唄。

とてもいいです。

良かったら聴いてみて下さい。

古武道 with 上間綾乃 イツクシミ

イツクシミ フルバージョン

『イツクシミ』

朝の海に 翼広げ 一羽の鳥が空へ翔てゆく
自由な風 その姿に あなたを重ね合わせた

長い冬を 幾つ超えて 育む木々の年輪のように
振り返れば 尊い日々 かけがえのない人達

遠く引き裂かれても 絆は深くなる

遙かな空よ この世界をもう哀しみで満たさないで
大地に光輝く慈しみを もう一度ください

巡る季節 うつろう街 傘もささずにひとり歩いてた
雨が止むと 星が灯り あなたの声が聞こえた

心が通い合えば 別れはないからと

この世に生まれ 誰もが皆 手を差し伸べて泣き叫ぶよ
生命の鼓動つなげる慈しみを 探しては生きてる

遙かな空よ この世界をもう哀しみで満たさないで
大地に光輝く慈しみを いま一度ください

あなたのいないこの世界が どんな激しく変わろうとも
いつか再び出逢えるそう信じて これからも生きてく

穏やかな明日を
心から願って…
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by w-rainbow-rieko | 2014-03-30 20:08 | 陶芸


虹の向こうの空は青く

信じた夢はすべて現実のものとなる

いつか星に願う

目覚めると 僕は雲を見下ろし

すべての悩みはレモンの雫となって

屋根の上へ溶け落ちていく

僕は そこへ行くんだ

虹の向こうのどこかに

青い鳥は飛ぶ

虹を超える鳥達


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moon bow (Wikipediaより)


月虹(げっこう)は夜間に月の光により生じる虹。
光が弱いために色彩が淡く、虹が七色ではなく白く見えることから、
白虹(はっこう)とも呼ばれる。
月虹の見える原理は、昼間の虹と同じである。

月虹がよく観測されるハワイ諸島のマウイ島では、
これを見た者には「幸せが訪れる」
「先祖の霊が橋を渡り祝福を与えに訪れる」と言われている。
南米の世界遺産イグアスの滝や北米のヨセミテ滝でも、満月の時に見ることができる。

映画『ホノカアボーイ』では、作品のキーワードにもなっている。


写真はヴィクトリアの滝、ネットよりお借りしました。


w rainbow も見たいけど、この moon bow も

いつか見られる日が来ますように...☆
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by w-rainbow-rieko | 2014-03-29 18:34 | 伝えたいこと


近くの神社の桜。

いい季節の到来ですね。


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皆さん楽しい春をお過ごし下さいませ。
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by w-rainbow-rieko | 2014-03-27 14:54 | 写真

致知より。



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 今日の言葉  平成26年3月26日(水)
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晩年の松下幸之助氏は、
「感謝と畏れを忘れるな」とよく言ったという。

人生には人知をはるかに超えた働きがある。

その目に見えないものに対する畏敬の念を失った時、
何が起こるか。

その恐ろしさを熟知した人ならではの、
人生の急所を衝いた言葉である。


 『人生の大則』 藤尾秀昭 著(致知出版社刊) 
      ⇒ http://tinyurl.com/kfsgzkn



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◆ 致知出版社の「人間力メルマガ」-----2014年3月26日 ◆


かつて99歳で『論語』を講じる人が
存在したでしょうか?


伊與田覺(いよた・さとる)氏、白寿。


昭和の大碩学と謳われ、
歴代首相や財界リーダーたちから
師と仰がれた安岡正篤師の高弟です。


99歳のいまも3時間もの講義をこなし、
背筋のピシッとした立ち居振る舞いは
いささかも老いを感じさせず、
感動を禁じ得ません。


矍鑠たる貴老の伊與田氏が語った
「人生の心得」とは――。


┌────今日の注目の人──────┐



 「人生の根本は無心になること」
         

   伊與田覺(論語普及会学監)

     
 ※『致知』2014年4月号
  特集「少年老い易く学成り難し」より


└─────────────────┘

※対談のお相手は、同じく安岡正篤師を
 師と仰ぎ、96歳のいまなお講演で全国を行脚する
 福島新樹会代表幹事の渡邉五郎三郎氏です。


伊與田 『老子』に、


「道は一を生じ、一は二を生じ、
 二は三を生じ、三は万物を生ず。
 
 万物は陰を負いて陽を抱き、
 沖気を以って和を為す」
 

とあります。


一から二を生じ、二から三を生じ、
三から万物を生ずというけれども、
この三が僕にはどうも分かりませんでした。


ところがその答えが『老子』にあって、
三とはなんぞやというたら沖気だと。


沖気というのは無心の心で、
それが両者を結ぶわけで、和気ともいいます。


その沖気の働きがすべてのものをつくっていくと。


一つのものだけでは創造ができない。
異質のものが沖気(縁)によって
結ばれて別のものになる。


万物はそうして異質のものが結ばれて
植物になり、動物になり、人間になるんだと。


その微妙な結び役というものが
目には見えないけれども存在するんですな。


去年体調を崩した時、
ベッドの上でずっと天井を見ておると、
板の継ぎ目にぶらんとぶら下がっているものがありましてね。


ゴミのような白い玉が
目に見えないような糸で結ばれていて、
これが風が吹く度にあっちこっち動き回る。


わしの生命もあんなものかと思ったら、
短気を起こすな、まぁゆっくりしてから逝けと
教えてくれているような気がして、


それから毎日寝る前に、
そのぶら下がっているものに
手を合わせるようにしているんです(笑)。


渡邉 そうでしたか。


私はこれまで安岡先生との道縁に
導かれて学んだことを踏まえて、
これだけは最後まで貫いていきたいと考えてきたことが三つありましてね。


一つはきょうのテーマである
学にも通じるもの、人づくりです。


二つ目は一燈照隅です。


どんな立場にあっても、
自分の置かれた環境を明るく照らして
よりよい方向に変えていきたい。


そして最後は、安岡先生が晩年
よく説かれていたように、
無名有力の人になること。


人知れず己をひたすら磨き高め続けていく
ということですね。


私はこの三つを貫いていくために、
なおも学の道を歩み続ける覚悟です。


伊與田 僕はきょうもこうして元気に対談しているけれども、
    99まで生きようと意識してきたわけではありません。


すべて縁であってね。
何しろこれまで10回近く入院してきたわけだから(笑)。


渡邉 あぁ、10回も入院を。


伊與田 勘定してみると全部で300日くらいになります。
    だから病気というのは必ずしも
    死に繋がるものではないということは分かります。


25歳の時には結核になりました。
当時は不治の病でしたから、
療養生活が長引いたら周りに迷惑がかかるから
早く死んだほうがいいと思うていました。


これが1回目に死を覚悟した時です。


ところがどうしてもやらなければならないことができて、
どうせ死ぬならこれをとことんやり通して
死のうと思って、薬もやめた。


ところがそれを達成したら咳も微熱も治まって、
医者から「病気は治ってますわ」と言われ、
ともに大笑いしたことがありました。


2回目に死を覚悟したのは先程もお話ししたように、
昭和20年6月15日、僕の誕生日に赤紙が来た時です。


ところが僕の所属した部隊が
艦載機の集中射撃を受けて全滅したのに、
僕1人が生き残った。


その後もがんに2回かかりましたが、
結局のところ人の命というものは
人間の計らいではどうにもならない
ということに気がつきました。


だから無心になることが根本だと。


渡邉 本当に同感ですね。
   

何とか生きたいと思っても、
こればかりは仕方がありません。


伊與田 『中庸』に、


「患難に素しては患難に行う」


とありますが、まぁ病気になったら病気になったで、
あまり気を患わさずに対していく。


そうすると割合気が楽ですね。


人生には困難がつきものですが、
そういう姿勢で乗り越えて学びを深めていく。


そうして息を引き取る時に
最も円熟した自分でありたいと念じております。



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わたしの今日のことば。

1日体験にいらして下さってた方とお話していて、

その方が幾度となくおっしゃったことば。


「先生何でそんなに優しいんですか?」


真顔で真剣に目を見つめられてそんな風に何回も問い掛けられて(若い女性です)

いやもう、びっくり。ですよ。。


この超淡泊なわたしが優しいだなんて。

この適当さ加減満載のわたしが優しかったら

わたしの周りにいて下さる皆さんは

どうなるんだ??

優しい なんてことばでは もう説明できないじゃないかー!!!


と、その後も仕事しながら、延々考えてましたあせあせ

「わたしが優しい?そんな馬鹿な!」って。


+今日致知から届いたメールに書かれていたことば

「感謝と畏れを忘れるな」

正に言い当てられた、って思いました。


完全に忘れてしまっていました。。。


思い出せて良かった。

そして同時に思った。

「全部、受け容れよう」って。

「全て、感謝して、全部、受け容れられたら、楽になる」って。

「大丈夫」って。


そんな1日、でした。



そして、今夜もやっぱり最後は整萌さんの音楽を。

尺八奏者 山口整萌さん 『kosmos』

ライブバージョンも好き
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by w-rainbow-rieko | 2014-03-26 23:22 | 心に響いたこと



◆ 致知出版社の「人間力メルマガ」-----2014年3月25日 ◆


人生には良いことも悪いことも
起こります。


それまで幸せの絶頂だったにもかかわらず、
ある日突然、深い悲しみに襲われることもあります。


不幸や苦しみが降りかかると、
「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ……」
という思いに駆られてしまうこともあるでしょう。


しかし、すべては思い通りにならない。
良いことばかりも起きませんが、
同時に悪いことばかりも起きないのが人生です。


そのような苦楽ある人生を
私たちはどう歩んでいけばよいのでしょうか。


国際文学療法学会会長で
聖心会のシスターでもある
鈴木秀子さんが語った
「幸せを掴む魔法の言葉」とは――。


┌────今日の注目の人──────┐



 「この出来事が自分に何の益を
  もたらしてくれるだろうか?」
         

   鈴木秀子(文学博士)

     
 ※『致知』2014年4月号
  連載「人生を照らす言葉」より


└─────────────────┘


冒頭の(アメリカの教育博士ドロシー・ロー・ノルトの)詩には
「大事なことに気づく」という言葉が多く添えられています。


「大事なこと」とは
何も特別なことではありません。


それは私たちがついつい
見過ごしている日常の一コマです。


例えば、左手を怪我したとしましょう。


最初は「ああ、利き手の右手でなくてよかった」
と思います。


しかし、紐を結わくにも包丁を使うにもファスナーを開けるにも
右手だけでやろうとすると、とても不便です。


この時、左手の働きというものに気づくのです。


右手と左手がどちらも等しく大切であるように、
世の中はすべて陰陽のバランスで成り立っています。


男女、雌雄、天地、表裏、明暗、凹凸。


これらが常にバランスを保っているからこそ
社会は発展し、どちらかに傾いてしまうと
秩序は崩れてしまいます。


死も同じです。愛する家族を失った時、
誰もが深い悲しみに襲われます。


しかし一方で身近な人の死は、
自分を支えてくれる家族の温かさ、
葬儀に集まってともに涙を流してくれる周囲の優しさに触れ、
ともに悲しみを乗り越えようという
結束力が高まる大切な機会となります。


いつまでも「こんな辛いことが起きなきゃよかった」
という感情にばかり縛られていると、
そういう隠れた大切な部分が見えなくなるのです。


人生はよいことばかりは起きません。
しかし悪いことばかりも起きません。


何か嫌なこと、辛い出来事に遭遇した時には、
このように自分に問い掛けてみてください。


「この出来事が自分に何の益をもたらしてくれるだろうか。
 この辛い体験から何を学べばよいのだろうか」


『聖書』に


「神がすべてのことを働かせて
 益としてくださることを私たちは知っています」


という聖パウロの言葉がありますが、
世の中に何の意味もなく起こることは一つとしてありません。


怪我をしてしまったのも「左手をもっと大切にしなさいよ」
というメッセージだったのだろうか、
と受け止めてみることが大切です。


このように起こる出来事に感謝して
考えを切り替えることで大切な答えが見つかり、
いつの間にかバランスを取っている自分の姿に気づくはずです。


これが自立した人間の姿です。


自立というと精神的、経済的に
独り立ちした姿をイメージします。


もちろんそれはとても大切なことですが、
その根底には「相手のせいにしない」という
原理原則があることを忘れないことです。


嫌なことがあって、つい誰か他人や環境のせいにしてしまうのは
一種の心の自然反応です。


しかし、いつまでもそこに留まっていると
中心軸から離れて次々にエネルギーが奪われていきます。


これとは反対に自立した人の周囲は
常に安定して穏やかです。


穏やかな波動は、
さらに穏やかな波動を呼び寄せます。


このような自立した人であって初めて
「幸せ発信地」になれるのです。


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わたしの中でいちばん大事な日である3/25、

穏やかでいい1日に、なりますように。
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by w-rainbow-rieko | 2014-03-25 10:05 | 心に響いたこと