憧れ。


by w-rainbow-rieko
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<   2014年 05月 ( 7 )   > この月の画像一覧



本当に思いもよらないときに

ふっと

訪れるから不思議。


何かを求めてるとき、何かを欲してるとき、は

一向に出逢えなかったりするのに


心がいい意味で無のとき

それは本当に

ビックリするくらい自然に、でも、突然、目の前に現れる。



毎回、すごいな、ってホント思う。


今日、偶然、出逢ったのは酒巻剛さんというストリートミュージシャン、でした。


明日も同じ場所で歌うそうなので、また聴きに行ってみようと、思います。


酒巻剛さんHP→★★★

視聴できます→1st

視聴できます→2st


この偶然の出逢いから、また、新たにつながりが生まれたら、素敵だな。
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by w-rainbow-rieko | 2014-05-27 23:58 | 心に響いたこと


自分の心が限りなく透明になり

穏やかで安らかで凪いで

くると



わたしの余白に、入ってくるもの の 質、みたいなものが

変わってくるから 不思議





今、届いた致知のメルマガ です。

良かったら ご覧下さい。




──────────────────────────
  今日の一言 平成26年5月16日(金)
──────────────────────────


 人生で遭遇すること、
 それらに真剣に向き合うことで、
 おのずとその人の人生と
 その意味が浮かび上がってくるのではないかと思う。

 探して見つかるものではけしてなく、
 今を一生懸命生きる中、
 「そこにある」ことを見つけるのが、
 その人にとっての人生の意味のなのではないかと思う。

 「Not Doing, but being.」であるのだろう。


 ――『死ぬときに人はどうなる10の質問』(大津秀一・著)


      * * * * *



 V.E.フランクルの以下の言葉は
 大きな示唆を与えてくれる。

 非常に有名な、彼の根本の主張の一つである。
 彼は語る。


 「もし患者に、自分の人生の意味は何なのだ、
 と聞かれたら何と答えるべきだろうか。

 医者が一般的な言葉で
 これに答えられるとは思えない。

 人生の意味は人によってさまざまであり、
 時々刻々変化するものだからだ。

 大切なのは一般的な人生の意味ではなく、
 いま現在のその人にとっての人生の意味なのだ」


 「人生において遭遇するそれぞれの状況は、
 人に与えられた試練であり、
 解決すべき問題を提起しているのだ。

 そう考えると、
 人生の意味は何かという問いかけは、
 実は逆なのである。

 結局のところ、
 人生の意味など問うべきではなく、
 自分自身がそれを問われているのだ
 ということに気がつくべきだ。

 つまり一人ひとりが、
 人生からその意味を問われているのであり、
 自分自身の人生のすべてを引き受ける、
 つまり責任ある生き方をすることによってのみ、
 それに答えることができるのだ」
 と。


 人生の意味を問うのではなく、
 問われているのだというのだ。

 人生が、あなたに問うている、という。
 発想の転換である。


 私も、人生には意味があると思う。

 しかし、考えても考えても
 わからないのではないかと思う。

 意味を求める限り、
 それは出会わないものなのではないか。

 人生で遭遇すること、
 それらに真剣に向き合うことで、
 おのずとその人の人生と
 その意味が浮かび上がってくるのではないかと思う。

 探して見つかるものではけしてなく、
 今を一生懸命生きる中、
 「そこにある」ことを見つけるのが、
 その人にとっての人生の意味のなのではないかと思う。


 「Not Doing, but being.」であるのだろう。
  


 『死ぬときに人はどうなる10の質問』(大津秀一・著)
  → http://online.chichi.co.jp/products/detail.php?product_id=1164







『大切なのは一般的な人生の意味ではなく、いま現在のその人にとっての人生の意味なのだ』


わたしも そう、思います。
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by w-rainbow-rieko | 2014-05-16 09:53 | 心に響いたこと



神様がいる と

思っています。


何故か 小さい頃から。

ずっと。




だから、このことばたちに出逢ったとき

「あぁやっぱりそうなんだな」

って

嬉しかった。




神様のことば = 心の声


心の声に耳を澄ませてみよう。

本当のあなたはどうしたいか、どうありたいのか。

大事なときにきっとあなたにも聞こえてくる。

あなたの中に神様がいるのだから。




古武道 『イツクシミ』



今井美樹さんの笑顔は

ホントに

天使 だ。




あぁ 今日、


満月  なんですね。




TRIO LIBERTAD 『蒼月』
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by w-rainbow-rieko | 2014-05-15 22:05 | 音楽



出会い と 出合う


は違うんだ、って。



今朝、分かった。



これを、読んで、分かった。



目が覚めて、携帯に届いていた致知のメルマガ


読んで、


布団の中で、


涙が


こぼれた。



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 ~致知出版社が贈る人生を養う言葉~


 兵庫県の小さな町で55年間、
 教職者として一生を捧げた東井義雄先生。

 百千の灯あらんもわれを待つ灯はひとつ

 東井先生によるこの歌には、
 一つでも多くの家庭が、
 子どもたちをやさしく包み込むような、
 温かい灯を絶やさないでほしいとの
 願いが込められています。

「教育界の国宝」と謳われた東井先生に、
 親と子の本当の出会いを学びます。


──────────────────────
  今日の一言 平成26年5月15日(木)
──────────────────────


 おかあさん、
 ぼくはりっぱなひとになりますから、
 いつまでもいつまでも、
 ぼくのむねの中から
 どっこへもいかずにみていてください。


   ――『子どもの心に光を灯す』(東井義雄・著)


      * * * * *



 今、この「出会い」が
 粗末になっているのではないでしょうか。

 “出会う”ということは、
 ただ顔と顔とが出会ってる、
 こんなのは“出会い”のうちに入らないのですね。

 だいぶ前になりますが、
 全国の小学校の子どもたちから、
 「お母さん」という作文を集めたことがございます。

 その時に、横須賀市の沢山小学校の、
 浦島君という一年生の男の子の作文が入選しました。

 ちょっとそれをお聞き下さい。


 ○


 『ぼくのむねの中に』


 「おかあさん、おかあさん」
 ぼくがいくらよんでも
 へんじをしてくれないのです。

 あのやさしいおかあさんは、
 もうぼくのそばにはいないのです。

 きょねんの12月8日に、
 かまくらのびょういんで、
 ながいびょうきでなくなったのです。


 いまぼくは、たのしみにしていた
 しょうがく1ねんせいになり、
 まい日げんきにがっこうにかよっています。

 あたらしいようふく、ぼうし、
 ランドセル、くつで、
 りっぱな1ねんせいを
 おかあさんにみせたいとおもいます。

 ぼくはあかんぼうのとき、
 おとうさんをなくしたので、きょうだいもなく、
 おかあさんとふたりきりでした。

 そのおかあさんまでが、
 ぼくだけひとりおいて、
 おとうさんのいるおはかへ
 いってしまったのです。

 いまは、おじさんおばさんのうちにいます。

 まい日がっこうへいくまえに、
 おかあさんのいるぶつだんにむかって、
 「いってまいります」をするので、
 おかあさんがすぐそばにいるようなきがします。

 べんきょうをよくしておりこうになり、
 おとうさんおかあさんに
 よろこんでもらえるようなよいこになります。


 でも、がっこうでせんせいが、
 おとうさんおかあさんのおはなしをなさると、
 ぼくはさびしくってたまりません。


 でも、ぼくにもおかあさんはあります。


 いつもぼくのむねの中にいて、
 ぼくのことをみています。

 ぼくのだいすきなおかあちゃんは、
 おとなりのミイぼうちゃんや、
 ヨッちゃんのおかあさんより、
 1ばん1ばんよいおかあさんだとおもいます。


 おかあさん、
 ぼくはりっぱなひとになりますから、
 いつまでもいつまでも、
 ぼくのむねの中から
 どっこへもいかずにみていてください。


 ○


 と結んでいるんですが、
 この浦島君は、
 もはや世界中のどの国を探しても、
 お父さんの顔にも、お母さんの顔にも、
 顔と顔の出会いのできない
 しあわせの悪い子どもです。

 しかし私は、
 浦島くんはしあわせ者だと思います。

 なぜか、いつでも、どこへ行っても、
 離れてくださらんお母さん。

 ミイ坊ちゃんのお母さんや、
 ヨッちゃんのお母さんより、
 もっともっといいお母ちゃんと、
 いつでも、どこでも一緒だからです。


 これが本当に出会ってる姿でしょう。

 これに比べましたら、
 毎日お父さんやお母さんの顔に
 出会っている子どもの中にも、
 お父さんお母さんの
 “お心に出会う”ことのできていない
 子どものほうが、
 しあわせの悪い子どもかもしれんと思いますね。


 しかも、この“出会い”がある限り、
 浦島君のこれからはじまる
 長い人生の間には、いろんなつらいことや、
 苦しいことがやってくるに
 違いがございませんが、
 浦島君なら、どんな難儀、苦労に出会っても、
 この、お父さんお母さんとの
 “出会い”をふまえて、
 強く生き抜いてくれるに違いないと思いますね。
  


 『子どもの心に光を灯す』(東井義雄・著)
  → http://online.chichi.co.jp/products/detail.php?product_id=1257


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出会い と 出合う の違い。




出会い、は

簡単にできる。

生きてればそれは毎日行われてる。

当たり前すぎてつつつーーって通り過ぎたり見過ごしたり

きっとそれは何百人という数に、なるんだと思う。


逆に言うと

ひとりひとり覚えていたり気にしていたら

疲れちゃって神経マヒしちゃうから

つつつーーーっでいいんだけど。




でも、


出合う


ということは

簡単ではない。



合う 人 と 出逢う ことって 本当に難しい。


と、思う。




合う って いう その感覚も

人それぞれ違うと思うけど


わたしの場合


波長

話すスピード

雰囲気

笑顔

ことばづかい

心づかい



物を丁寧に扱う

空気感

想い

感性



オーラ



こういう感じ


合う というか うん あれだな



気持ちいいな この人

とか

心地いいな この人

とか


もっと一緒に居たいな

とか

もっと知りたいな

とか


そういう 自分の中から自然と 満ち溢れてくる

「もっと」という 想い であり、願い であり



性別を超えた 人をも超えた


ずっとずっと 繰り返し 輪廻してきた

魂そのもの




魅かれる


そういう感じ



あ、この人、

と思う瞬間


それは決まっていちばん最初、なんだけど


その瞬間が わたしにとっての 「合う」


に繋がってる



そう、思います。



そして、それって

実際に会える人 会えた人

実際には会っていない人 まだ会えていない人


ということは全然関係ない。



魂 っていうのは

あらゆるところから

見えるものだから

感じるものだから


実際に会ってるか会ってないか


ということは 関係ないし ちっとも問題じゃ ない。


清らかで丸くあったかい心そのものに

寄り添え合えるか どうか

それが それだけが 全て。



でも、これは、あくまでも「わたし」の場合、

なので

全ての人が

そう、この日記を今読んで下さってる方、貴方、貴女、あなた、



わたしと同じように 思って下さったり 分かるって言って下さったり


ということは無い ということ

もちろん分かっています。



だって それが 自然なこと だから。



ひとりひとり違って当たり前


わたしはこうなの

あなたはそうなのね

ふふふ


って 笑ってお話できる


それが いいな、って思うんです。


そういう関係が いいな、って思うんです。



違う ということを 突つき 抉り 傷つけ 責め 罵り 蔑み

するんじゃなくて

違い を 認めて 見守る 

最低限の範囲でケガだけはしないように、って見守ってくれる

いざってときは助けるよ!ってガッツポーズと笑顔を向けてくれる

そういう人たちと ずっと 繋がり続けられたら 素敵だな、って思うんです。


もちろんわたし自身も、誰かにとって、大切な人にとって、

そういう人で そういう存在で 在り続けたいな って思っています。



もし、こんな風に、同じように、思っていただける方がここにいらしてくれたら

そして 既に、出合っていただけていたら



それは 

とってもとっても

嬉しいこと



とってもとっても

素敵なこと





生きていて良かった、

生きていて良いんだ、

って


思える



とってもとっても

素晴らしいこと



出合って下さった方

これから

出合って下さる方


本当に、どうもありがとうございます☆





【追加】


あ、この人、

って思う瞬間

出合いたいと思う人に出合えた瞬間に

わたしの中に流れる音楽



これ、です、やっぱり。


「きときと」



この映像も何回観ても本当に気持ちいい。清々しくて、泣けてくるほど焦がれる。


『おおかみこどもの雨と雪』


島根の雪景色

一緒に、

見ようね。
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by w-rainbow-rieko | 2014-05-15 18:47 | 心に響いたこと




そう思えたら 昨日のことも 今日のことも まだ 救われるね。




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  今日の一言 平成26年5月13日(火)
──────────────────────


 いま皆さんは苛酷な運命に
 打ちのめされそうになっているかもしれません。

 しかし
 “運命は苛酷だが、摂理は温かい”
 という言葉もあります。

 やがて苦しみの本当の意味を
 知る時が来ると信じてください。


   ――『幸せになるキーワード』(鈴木秀子・著)


      * * * * *


 私のもとには、悩みを抱えた多くの人たちが
 相談に来られます。

 最近、様々な問題行動に走る
 子どもさんを抱えた両親を
 対象としたセミナーを開催しました。

 一人ひとりの声に耳を傾けると、
 非行や病気、家庭崩壊など
 抱える問題はどこも深刻です。

 セミナーの席で、
 “運命は過酷だが、摂理は温かい”
 という言葉を紹介しました。


 「いま皆さんは苛酷な運命に
 打ちのめされそうになっているかもしれません。

 しかし
 “運命は苛酷だが、摂理は温かい”
 という言葉もあります。

 やがて苦しみの本当の意味を
 知る時が来ると信じてください」

 とお話ししました。


 摂理とは神様の計らいのことです。

 耐えがたい苦しみの中にも、
 人智では計り知れない天の意思がある。

 そうお伝えすると皆さんは口々に
 「そう信じたい。
 そう信じなくては生きてはいけません」
 と話されていました。


 その中の一人に、
 北海道から来た方がいらっしゃいました。

 その方は、
 秋葉原で無差別殺害事件が起きた、
 どこかで女子高校生が殺された
 というニュースを耳にするたびに、
 家出をした息子さんが
 犯人ではないかという思いに
 苛まれたというのです。

 息子さんは鬱病で、
 家出を繰り返し、そのたびに両親は
 いてもたってもいられないほど
 心配されていました。

 ところが、セミナーを終えて
 北海道の自宅に戻ると、
 驚いたことに一か月ほど
 家出をしていた息子さんが帰っていたのです。

 「どこに行っていたの? 心配したじゃない」

 という問いかけに息子さんは答えます。


 「家を出て困ってしまった僕は、
 食べるために青森で日雇いの仕事を始めた。

 でも不思議なんだ。

 この1か月間、
 僕は鬱病の薬を一回も飲まなかった。
 そして誰にも迷惑を掛けなかった。

 もしかしたら、
 もう薬を飲まなくても
 生きていけるかもしれない。

 ただやはり心配だから、
 お医者さんに一度相談してみたいと思っている」
 と。


 閉じこもりがちで、ろくに会話もしなかった
 1か月前の息子さんとはまるで別人のような
 しっかりした話しぶりだったといいます。

 殺人事件が起きたと聞けば、
 犯人が息子ではないかと思い、
 まさに運命は苛酷だと呪っていたのに、
 何の計らいか、
 見事に立ち直って帰ってきたことに、
 ただただ感謝の思いが溢れたというのです。

 家出という厳しい状況が、
 息子さんの自立を促し、
 大きな人生の転機となったのです。

 その方がお電話で
 「“運命は苛酷だが、摂理は温かい”
 という言葉の意味を
 垣間見たような気がします」
 としみじみと話されていたのが印象的でした。

 人生に苦難が襲ってきた時、
 その本当の意味を知る時が来ると信じることは、
 同時にいま目の前にいる人を信じて
 絆を深めていくこととも繋がって、
 周囲によき影響を及ぼしていくと
 私は確信しています。



『幸せになるキーワード』
 → http://online.chichi.co.jp/products/detail.php?product_id=1142
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by w-rainbow-rieko | 2014-05-13 10:07 | あれこれ雑記



今日、教室で会員さんと話してて


あぁ わたしって 今


そんな風に思ってるんだ

こんな風に考えてるんだ


そういう風に、生きたいんだね





自分自身のことを 

なんか 変なんだけど

微笑ましく 感じた。



それは、こういうこと。



暮らしたい場所

住みたい町

を まず見つけて

そこで仕事を探す

そして

その地で 

大好きな人と

手をつないで

風を感じて

笑顔で

生きていく



そんな そういう 生き方

かっこいいと

わたしは

そう 思っています。





羊毛とおはな 『手をつないで』


「この世のすべてはいつか終わってしまうのかもね。
 だから、本当の君を感じていたいんだ。」



「ポケットに手を突っ込んで不機嫌な君」



「もうすっかり春なんだから、そのトップコートから手を出してごらんよ。」



「デイジーの香りにもうまく笑えないようなら、地図にない町へ歩いておいでよ。」



「地図にない町へおいでよ」



「風に揺られて歩いておいでよ」



「ツユクサを踏みしめ クヌギの森を抜けたら」



「僕がわかるはず」



「ようやく会えた。町は、もうそこなんだ。」



「僕の名前? 好きなように呼んでくれればいいよ」



「風に耳をすませてごらん。雲の切れ間から、金色の陽が差し込んでくる。」



「風を感じてごらん。ゆっくりとカラダが溶け出していくでしょう。」



「回れ、回れ。」



「君の涙も小さな罪も 過去へと飛んでいくよ。」



「風に揺られて手をつなごう」 



「踊れ、踊れ。」



「大げさな愛も作り笑いも必要ないんだ。
 言いたいことは分かっているよ。
 風に揺られて手をつなごう。」



「余計な言葉はいらないから」



「風に揺られて手をつなごう」



「僕らはいつかすべて忘れてしまうのかもしれない」



「それでも、この掌のぬくもりは本当なんだ。」



「言いたいことは分かっているよ。
 風に揺られて手をつなごう。」



「手をつないでいこうよ、いつの日も、そばにいるから。
 今日から 君も 僕も ひとりじゃないからね。」



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by w-rainbow-rieko | 2014-05-04 21:35 | 伝えたいこと


この曲も尺八バージョンで聴いてみたいな。


手嶌葵  『虹』 ←リンクしています。


丘に咲く野の花
足もとで揺れた
雨のあと 光が
心まで届いた

道の向こう 明るい
歩いて行けそう
思い出に 吹く風
今 頬にそよいだ

空には
生きている 叶える
虹が微笑む
胸には かけがえのないもの
守ることを

なくさない 私のたからもの
かがやく

草の実は 宝石
夢見る力を
木漏れ日は 歌声
世界中に響いた

遠くで 傷ついてひとりで
迷うときにも
見上げれば その両手広げて
虹が光る

透き通る思い
すべて愛を育てて

空には
生きている 叶える
虹が微笑む
胸には かけがえのないもの
守ることを

なくさない 私のたからもの
かがやく

この胸に かがやく
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by w-rainbow-rieko | 2014-05-02 22:27 | 音楽